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十年ほど前、ワシントンDCに住んでいた頃、Gavin Glakasのポートレイト・ワークショップに、私は一日だけ参加したことがあった。けれど、その体験をのぞけば、モデルをライフで描くのは学生の頃以来…つまり三十数年ぶりだった。

コッタにとっては、今回が初めての油彩画。

この日のために、小ぶりの木製パネルとガラス板を買って 、ジェソを塗って、二人分のパレットを手作りした。

入谷のスタジオは、我が家からバスと電車を乗り継いで一時間半ほどかかる。油彩道具一式を 小型スーツケースに入れ、p10サイズとp15サイズのキャンバスを二枚ずつ担いででかけた。

親子で一緒に絵を描くのは、初めて。道中もウキウキ。

入会金や月謝や講習費がかからずに、どこか勝手に絵が描けるスタジオはないかと検索していたところ、Meetupというサイトを見つけて、二人で申し込んでみた。Meetupは英語のサイトだからか、スタジオ内でも英語が飛び交っていて、アメリカ育ちで、日本語のおぼつかないコッタにとっては安心だった。

思ったより狭いスタジオに、次から次へと参加者がイーゼルを立てて、ぎゅうぎゅう詰めの状態でスタート。一度座ると身動きがとれず、さがって自分のキャンバスを眺めることさえできないほどの混雑ぶり。でも、その狭さゆえに、モデルから近いのは良かった。モデルはロシアの方で、真っ白な肌を表現するのが難しそうだ。コッタは私のすぐ後ろに座って、小声で「顔の色は何色を使うの?」と聞いてきた。その昔、学校で習ったNaples YellowとJaune Brillantを基本に使うといいかも、と答えた。

2時間のセッションを二枠取って、計4時間で仕上げた。

描き終えて、私にとっては、やはり30年のブランクは大きかった、という思いがある。コッタは、初めてにしては、かなりうまい絵を仕上げた。

二人の作品を並べてFacebookに載せ、「親子の作品、どっちがどっちの作品でしょう?」と、質問してみた。返答は、半分は間違っていた。その間違った返答の数々を、コッタはちょっと嬉しそうに読んでいた。


  • Writer: 石井みき
    石井みき

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前回載せたラ・ラ・ランドのカリカチュアがFacebookで「いいね」をたくさんもらったので、いい気になって、もう一度母娘でカリカチュアに挑戦。でも何を描こうか、お題がなかなか決まらない。ジェネレーションギャップの大きい母娘は、同じ映画やTV番組を観ていないのだった。やっと決まったのが、私のお気に入りのTVシリーズThe Office。これなら、コッタも何度か観たことがある、ということで接点があった。The Officeの主人公Michael ScottとDwight Schruteを描くことにした。


この絵を描き終わった頃、コッタはシカゴの美大、SAICへ出発する準備で慌ただしくしていた。真夏の東京で、シカゴの冬に備えてセーターやダウンジャケットをスーツケースに詰めていた。

8月、いよいよ出発。私も「見送りの旅」でシカゴに一週間ほど付き合うことにした。


大学の寮はシカゴ美術館に近い中心街にあり、買い物も交通も便利で治安も比較的良く、安心した。寮といっても広いロフト付きのアパートを5人でシェアするカタチで、キッチンは日本の我が家よりもずっと広く、大きなオーブンもあって充実していた。9階のコッタの部屋からの眺めは最高で、向かいには世界最大級のハロルド・ワシントン図書館を見下ろしていた。こんな所で毎日アートができるなんて、羨ましい。ママがここに住みたいよ〜。

生活環境は申し分なく、友達にも恵まれ、さぞ充実した大学生活を送っているかと思ったら、一ヶ月もたたないうちに、「どうもこの学校が合わない」と言い出した。SAICはファインアートがメインで、どのクラスもコンセプチュアルな授業ばかり。いつまでたっても技術が身に付くようなデッサンやペインティングのクラスが取れないと言う。「コンセプトが先、技術は後から」というカリキュラムらしい。そして、幅広い分野を専攻できることで有名な学校なのに、イラストレーションの専攻はできないそうだ。

次の学期の授業のスケジュールを受け取った時、コッタは「決心した」と連絡してきた。「今の学校を辞めて、カリフォルニアのArt Centerに行く」と。

高校では、かなりのハードスケジュールの中で美大の受験を乗り越え、待ちに待った大学生活のスタートのはずだった。それがたった一学期で、ふりだしに戻ってしまった。これからまたArt Centerの出願に向けて、新たなポートフォリオを作成することになった。


コッタはシカゴの真冬を経験しないまま、クリスマス前に東京に戻って来た。

Art Centerでやっていけるだけのポートフォリオを準備するのは、そう簡単ではない。Schoolismというオンラインのコースを自主的に受講しながら、週に何度かは、私と一緒にライフドローイングとペインティングのスタジオに通うことになった。


こうして思いもよらず、母としては、ちょっと夢のようなアート三昧の日々が始まった。



  • Writer: 石井みき
    石井みき

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2017年6月、次女のコッタは、アメリカンスクールの高校を卒業した。秋からは、アメリカの美大School of Art Institute of Chicago (SAIC) に入学が決まっていた。小さい頃から、いつもいつも絵を描いていた子で、これからアートに集中していけることを、心待ちにしていた。高校生になってからは毎夏、アメリカのアートサマースクールに参加したり、いくつもの美大訪問をしたりして、どこの美大に行くかを考えていた。受験のためのポートフォリオも準備してきた。いくつか合格したなかから、最終的に、奨学金とオランダ研修のオファーのあったSAICに決定して、この夏は意気揚々としていた。

私は、80年代にカリフォルニアのArt Center College of Designでイラストレーションを専攻し、卒業後は、東京に戻ってフリーで仕事を始めた。あの頃のバブル景気のおかげで、ポスターや本の装画、雑誌の挿絵など、業界にはイラストレーションの仕事があふれていた。卒業したての私でも、次から次へと仕事の依頼がきた。

そのバブル景気にかげりがでて、日本国中でイラストレーションの仕事が激減してきた頃、私は二人の娘の子育てに追われるようになり、そのまま22年間も「開店休業」だった。

今、子育ても終了し、私もイラストレーションの仕事にぼちぼち戻ろうかと考えていた。やる気と時間はあっても、業界はいつの間にかすっかり変わってしまって、どこから手をつけて良いのかもわからない。コッタは「人の注目を集めるにはインスタが良い」と言うので、早速アカウントを作ってみた。カリカチュアを載せたら、その俳優やセレブのファンがフォローしてくれるだろうかと思って、いくつか描いてみた。似顔絵は特徴を掴むのが難しい。「これ似てる?」「これ誰だと思う?」と、家族に確認しながら描く。

夏休み、「一緒に描こう」とコッタを誘った。さて誰を描こうか、となったが、まずは思いついたのが、少し前に一緒に観に行ったラ・ラ・ランドの主人公達だった。あの映画は色彩が素晴らしかった。コッタはエマ・ストーンが着ていた黄色いドレスに憧れて、古着屋で似たようなのを見つけてきたほどだった。

二人でこうやってチャレンジしながら描くのは、楽しい。絵を並べてFacebookに載せたら、ママ友達に羨ましがられた。秋にはコッタはアメリカの美大に行ってしまい、もうこんな機会はないだろうと思うと、寂しくなる。

まさかこの時は、コッタがSAICを一学期でやめてしまうとは思っていなかった。クリスマス前にコッタは帰国し、もう一度、一緒に描く機会はやってきた。(つづく)

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